月城 玲奈 (つきしろ れいな)

◆経歴・実績◆
・2016年:心理カウンセリングを開始(困難に遭遇した方々が一歩前に踏み出せるサポートを開始)
・2021年:キャリア・ライフコーチングを開始(相談者の更なる明るい未来ヘの歩みを支援)
・2022年:深層心理・潜在意識に触れる心理セラピーセッションを開始(より深い悩みに対応)

※この10年で約1800人の方々の支援を担当。心理学の研修講師としても活躍中。

◆保持資格・履修項目◆
・国家資格キャリアコンサルタント
・EAPメンタルヘルスカウンセラー
・メンタルヘルスマネジメントⅡ種
・LifePagesカードコーチング認定コーチ
・日本プロセラピスト養成講座(NLP系統ビリーフチェンジ)卒業
・神戸メンタルサービスプロカウンセラーコース卒業
・シータヒーリング(基礎DNA・応用・ディグディーパー・アナトミー)履修
・ビジョン心理学履修
・集合無意識覚醒法履修

◆これまでの歩み◆(概略版)
~ 絶望の淵から「真実の自分」を統合して未来を照らす伴走者へ ~
幼少期から母による身体的・精神的虐待を受け、「自分は生きる価値のない、良からぬ存在である」という深い罪悪感を抱えて育つ。常に周囲の顔色を伺い、見えない敵と戦い続ける「内面的サバイバル」の20数年間を経て、大学時代の無力感・虚無感からの自殺未遂事件から一転、祖母の死により積極的な「生」への劇的な転換を果たす。ヴィクトール・フランクル著『夜と霧』との出逢いにより、「自分が人生に何を期待するか」ではなく、「人生から自分が何を問われているのか」という視点を得たことも大きな転換点となる。

社会人の前半を「強い自分」として快進撃を続ける裏で心の奥底に封印して来た「弱い自分」が、息子の不登校・ひきこもりという事態に直面したことで表面化し再び深い絶望を味わう。しかし、その経験こそが、封印していた「本当のありのままの自分」と再会し統合するためのプロセスであったと気づく。

現在は、国家資格キャリアコンサルタント保持の専門性と、自身の壮絶な克服体験・そこから復活するまでの学びを融合させて、クライアントが「困難の裏にある才能」を見つけ出し、自らの意志で光へと向かうためのサポートに邁進中。

◆これまでの歩み◆(詳細版)

◎幼少期 ~ 心の中はいつもサバイバル:布団の中でひたすら神様に救いを求めた日々~

「あんたを産んで良かったと思ったことは一度もない」

「あんたは愚かで醜くて、本当に情けなくて恥ずかしい存在だ」

幼少期の私は、母に毎日のようにこう言われて育ちました。何か悪いことをした訳でもなく普通にそこに居るだけなのに、単に母の機嫌が悪いという、ただそれだけの理由で、上記の言葉を浴びせられていました。母が期待するような行動が取れない時には、殴る蹴るの身体的な暴力もありました。

当時の私は、いつもは不機嫌な能面のような母の顔が、いつ夜叉に変わって攻撃されるのかが分からず、常に必死で母の顔色を伺いビクビク怯えながら、そして、奇跡的に一瞬だけ訪れる母の笑顔を求めて実らぬ工夫を必死で繰り返しながら、日々を必死で生き抜いていました。

衣食住は足りていて表面的には何の不自由もなく満たされているように見えるのに、心の中は常に不安で、「いつ母から言葉・手・足という様々な手段で攻撃されるか分からない、いつ見捨てられるか分からない」という恐怖で張り裂けそうな思いを抱えて、母の「気まぐれな笑顔」という答えのない正解を探しながら、生き残るために必死で戦い続けていました。

外側には決して見えない内側の戦いが続く、そんな孤独で過酷なサバイバルな毎日でした。

更に、幼少期の私は、母がいつも不幸そうなのは、何が悪いかは自分ではよく分からないけれど、どうも私が悪い人間、少なくとも「良からぬ存在」だからで、生まれ来てはいけなかった人間だからだと思い込んでいました。一日の終わりの布団の中で、涙を流しながら、「神様、どうか私を、私のせいで苦しむ母を助けてください」と必死で祈っていました。

◎ 小中高期 ~ 罪悪感・無力感から虚無感・空虚感への変遷 ~

小学・中学・高校と進む中で、機嫌を取って相手の笑顔を獲得するために必死の努力を続ける対象が、それまでは母だけであったものが、教師等の周囲の大人達、友達へと広がっていきました。常に、その時々で変わる対象となる相手と、その時に属している組織のために、見えない「正解」を求めて足掻き続ける日々・・・

学校も生活も毎日の全てが「障害物」となって襲ってくるのを必死で避け、常に私を理由なく攻め追い詰める最大の「敵」である母の攻撃に打ちのめされながら、ただ、ひたすら生き残るために戦い続ける、更なる過酷なサバイバイルの日々の連続でした。

そして、「良からぬ存在」である自分は極力目立たないように、少なくとも皆に迷惑をかけないようにしなければならない、という意識を自覚するようになります。「生きる価値のない私」が生きていることに、何とも言えない申し訳なさ・罪悪感を感じていました。

生きる意味も分からず、でも死ぬこともできず、突然繰り出される「攻撃」や「障害物」を避けるために身を守りながら毎日を生き延びるのに必死でした。

大学期 ~ 虚無感から自殺未遂へ ~

そんな戦いの日々が、母から逃れるために受験した遠方の大学進学により一人暮らしを始めた時に、突然の終わりを迎え「束の間の平安」が訪れます。家の中に、自分を攻撃して来る対象がいないことで、世界はこれほどの静寂と平穏に満ちているのかと驚愕したことを今でも鮮明に覚えています。

これまで常に何かと戦いながら生き抜いて来た私は、誰からも責められず攻撃されず駆り立てられることもない、人生で初めての平穏な毎日に妙な違和感を感じ始めます。誰とも戦う必要もなく誰からも身を守る必要もないこの無風状態の中で、何を目標に生きていけばいいのかサッパリ分からなくなります。実家を離れたことで、それまで張りつめていた緊張が一気に抜け、心の奥に押し込めていた虚無感や無力感が溢れ出して来たのです。

「自分には生きる価値がない」

そんな思いに飲み込まれ、強い空虚感に襲われるようになっていったのです。 更に、忘れた頃に突然かかってくる母からの電話や突然の来訪は、ようやく落ち着き始めていた心を再び深く傷つけ、実家にいた頃以上に苦しさを感じるようになっていました。

完全に生きる意味を見失い、これ以上生きていても何の意味があるのだろうかという思いに囚われて、少しずつ「消えてしまいたい、死んでしまいたい」という想いが強くなっていきます。

自殺未遂、そして祖母の死が教えた「私は生きている」

とうとう自殺の決行日を決め迎えたその当日、これから決行しようとしたまさにそのタイミング・・・奇跡的な巡り合わせで、大好きな祖母の死を知らせる連絡が届きます。それは、自分の命を蔑ろにしようとしている私に、祖母が最後に届けてくれた渾身の愛の一撃となりました。

改めて、切断する予定だった自分の手首の血潮が目にとまり、ドクドクと脈打つような血管がくっきりと浮かび上がるの見た時に、持ち主の意志とは全く無関係に身体は一生懸命に生きようとしていることに衝撃を受けます。今この瞬間も、健気にも懸命に命の営みを続けようとしている姿、その尊さに涙が止まらなくなりました。

「私は生きている」「生かされている」

その感覚が私の中に強烈に芽生えた瞬間でした。祖母がその死をもって、私に生の尊さを教えてくれたのだと感じ、感謝で一杯になりました。生きる意味は全く分からないけれど、

「祖母に生かされたこの命を賭けて、死ぬ気で生きてみよう・・・」

「ひとまず生きる意味が分かる時まで生き抜こう・・・」

そう決意しました。

生への大転換・サバイバルモードは内面から外面へ ~

その日から、私の人生で大転換が起きます。

「祖母が自らの死を持って救ってくれた命を大切に生きよう」

「一度死んだと思えば、如何様にでも生きられる」

今まで死んだように生きてきたことが嘘のように、積極的に様々なことに挑戦し始め前進し始めるようになります。「死」から躍動的な「生」への素晴らしい転換点でしたが、今思えば、それは同時に無意識に、それまで一緒に過ごしてきた

「良からぬ存在の自分」

「生きる価値のない自分」

を自分の心の奥底に閉じ込めて強固な鉄の蓋をして、それを無いものとして扱うことにした瞬間でもありました。それらも確かに大切な私自身なのに、それらを弱い自分、前向きに生きる上では不要な自分だと切り捨てて罪悪感・無力感・空虚感を心の奥の部屋に隠すことで、表向きには明るく強い自分を作り上げて行きました。

そこからは、どんな困難があっても、それらを跳ねのけるエネルギーで突っ走り、就職・結婚・出産・育児・仕事と育児との両立と、人生をひたすら前に進めて邁進して行きます。

でも、今思えば、それは、これまで内面だけで展開されて来たサバイバルモードが外的世界に投影されただけのことだったのだと思います。ジェットコースターのような早さでドラマチックに自分の人生を展開し、常に忙しさで極力感じないようにしていながらも、内面的なサバイバル感は常に息づいていたのです。

サバイバルモードを終焉に導いた息子の不登校・ひきこもり

このように、祖母の死に生かされてからは、それまでの罪悪感・無力感・空虚感に苛まれていた自分とは別人のような「強い自分」を全面に押し出して、曖昧さや繊細さを切り捨てて強い推進力で快進撃を続けて来ていました。

が、ここで突然、その歩みを止めざるを得ない大事件に遭遇します。

それは、中学に進学した息子の不登校・引きこもりという事態でした。中学受験後の疲れや部活でのイジメがあったとはいえ、それを理由に「行くべき学校に行かない」という選択をしている息子の心理を、当時の私は全く理解できませんでした。

「頑張って学校へ行くべき」 「困難は乗り越えるべきもの」

「乗り越えなければ前に進めない」

そう考えていた当時の私は、息子を何とか学校へ戻そうと必死でした。ですが、働きかければ働きかけるほど、息子は心を閉ざし、部屋に引きこもっていきました。

これまで自分が信じてきた「努力」や「頑張り」が、まったく通用しない。その現実に、私は深い無力感と絶望を感じました。

戦いから逃げていては人生は終わってしまうのに何故戦わないのか・・・息子の人生はこれからどうなってしまうのか・・・彼のこれからへの心配と不安・・・全く先が見えない恐怖・・・親として私は何ができるのか全く分からないまま時間だけが過ぎていく焦燥感・・・

果てしない底なし沼のような暗黒な世界に引き込まれていく感覚でした。

完全なる敗北感・無力感・・・

学生時代に自殺を意図した時と同じ、いや、それよりも深い絶望感に襲われました。それでも、学生時代とは明らかな違いがありました。

それは、絶望の心の奥底に最後に残った確かな思い、何とか息子を救いたい

どんな形でもいいから生きていてほしい

どんなに小さくてもいいから彼に幸せを感じてほしい

という純粋で切実な思いでした。その思いに向き合った時、

私は初めて

『相手や自分を思い通りに変えようとすること』

ではなく

『相手も自分もありのままを受け止めること』

の大切さに気づいたのです。

そして、長年自分を支配していた

「戦い続けなければ生き残れない」

というサバイバルモードが、少しずつ終わりを迎えていきました。

息子が身をもって示した心の奥に封印した「弱い自分」との再会

この時期に初めて心理学と出逢い、沢山のカウンセリングやセラピーを受ける中で、私は大きな気づきを得ます。それは、

「問題があるのは息子ではなく、私自身の心である」

ということです。

当時の息子の心の叫び、

「自分は弱くて頑張ることができない精神異常者だ。もうこれ以上、生きていても仕方がない、でも死ぬ勇気も無い。僕のことは諦めて、僕の存在はなかったものとして扱ってほしい。僕は生まれて来なかったことにしてほしい。」

という絶望感は、実は私が幼い時に感じていた感覚そのもの・・・私が心の奥に封印した幼い頃の私自身の投影でした。

息子の姿は、私が自殺を思い留まった時に心の奥底に封印した

「良からぬ存在の自分」「生きる価値のない自分」

の再現でした。

息子は無意識に、その身を持って身を挺して、私がひた隠しにしてきた「弱い自分」を見せてくれていて、その思い込みを持つに至った心の傷を癒やし、今の自分と統合して「新たな自分」へと昇華する機会を与えてくれたのでした。

◎ありのままの自分・ありのままの息子の受容が新たな扉を開く

それから、数々のカウンセリングやセラピーを受け、幼少期の自分(インナーチャイルド)・その時にできた心の傷を癒やし、内側の「弱い自分」も受容し、外側の世界で戦い続けて来た「強い自分」も承認して、それらの全てを統合した時に、自分の全てを信頼できる「新たな自分」が生まれます。

「どんな自分も、どんな局面があっても、ただ生きている、というそれだけで尊く素晴らしいことである」

という実感が生まれます。

その実感を持って、絶望の淵にある息子にも、この気付きをもたらしてくれた感謝と共に、

「どんなあなたでも、ただ生きていてくれるだけで有り難い。ありのままのあなたのそのものの存在自体がかけがえのない素晴らしい存在である」

を伝え続け、また、それが伝わる態度で接し続けて行きました。

無視されても暴言を吐かれても、表面の彼だけではなく、心の奥で傷付いている繊細な彼も、また更にその奥にある純粋で真っ直ぐな彼も、傷付きながらも生きていることを選択し続けてくれている強い彼も、全ての彼をありのままに受容し続け接し続けました。

彼が、また新しく彼らしく歩み出す日が来ると固く信頼しながら。

結果、時間はかかりましたが、息子は少しずつ笑顔を取り戻し前を向き始め、諦めていた将来についても考えられるようになりました。

その後、歩き始めた彼の横で私は、既にその頃には仕事として成り立っていたキャリアカウンセラーのスキルを活かし、彼の適性・得意分野・才能を引き出した上で、今後に向けての理想の未来像を一緒に描くサポートをしながら伴走しました。現在、息子は、長年の困難を乗り越えた経験を強みに変えて、IT系の専門学校を卒業してクラウドエンジニアとして活躍しています。

◎「何故生まれてきたのか」「自分はこの世界で何を実現したいのか」

 ~ 自分の才能に気が付き、それを活かす未来を描く ~

息子が、自分の未来を考える上で自分自身と向き合うその過程は、私が私自身と向き合う行程でもありました。幼少期に「何故生まれてきたのか」と問い続けたその問いに、数十年の時を超えて直面することになります。自分の身に起きたことを全てありのままに受容し肯定していく過程の中で、

「何故この困難を体験する必要があったのか」

の問いに一つの答えが出ます。

それは、この経験を踏まえて、同じような生き辛さを抱えて生きている人達、かつての私と同じように死にたい気持ちを抱えながら息苦しい現実の最中にいる人達、息子と同じように自分を受け入れられず絶望の縁にいる人達に、

それでも人生は生きる価値がある、

あなたの経験の全てがあなたの財産であり、かけがえのない強みになる

信じさえすれば、未来の扉は必ず開く

と伝える役割を果たすことです。

「そのために生まれて来た」と今の私は堂々と言えます。

そして、辛い現実を生きる一人でも多くの人の明るい未来を照らし、その人が自らの意志で光へと向かうのをそっと後押ししてサポートすること、更に、各々が自分ならではの適性・才能を活かして自らの力で生き生きと輝きながら、苦手な分野は他者と相互補完し合いお互いに尊重し助け合いながら、皆の力で和合の社会を創り上げていくこと

その一員となり礎となるのが、私がこの世界で実現したいことです。

幼少期からサバイバルモードで見えない敵と戦い、不安と恐怖で身体に緊張感を漲らせて来た私だからこそ、戦いのない穏やかな融和に満ちた緩やかな世界の尊さを知っています。

だからこそ、今も戦いの最中にいる人達を誘うことができると信じています!

◎さぁ次は、あなたの番!

あなたは、何故生まれて来たのでしょう。

今、苦しい現実を生きているとしたら、そしてそれが必然だとしたら、何故その困難を体験する必要があるのでしょう。その苦しさの奥にある、あなたの願いは何でしょう。本当は、あなたは、どうなりたいのでしょうか。この世界で何を実現したいのでしょう。

心理学の世界では、

「問題・困難の裏には、必ず才能(=潜在能力)がある」

と言われます。

あなたの才能・強みを見つけて、あなたが自分ならではの未来に向けて歩み出す、そんなお手伝いができることが私の何よりも喜びです。

次は、あなたの番です!

一緒に、あなたの苦しみの奥にある才能を引き出し、あなたらしく輝けるあなただからこそ描ける未来を一緒に描いていきましょう!